その虎、過保護につき
     〜後始末編



真夏の夜中のひそやかな(?)一騒ぎは、
騒ぎとなった大元の、囚われの身だった白虎の少年自らの、
容赦ない正拳一発である意味“無事に”幕を下ろした。

 『…無事に?』

そう思ったのは、ご安心を貴方だけじゃあなかったようで。
何せ様々な修羅場を掻いくぐった実績もてどんどん強靱な戦士と育った敦だったし、
渾身のというレベルにもなればコンクリの壁を突き崩す威力もある代物。
相手も誰かさんからの肝いりで 単身で潜入して事態を掻き回そうとしていたほど、
それなりの場慣れはしていた存在だったようだったが、
それでもこちら、日頃の及び腰がすっぽ抜けての無制御な状態で放った攻撃だったので、
顔面崩壊どころじゃあない、脳震盪付きの頭蓋骨から顎の骨から粉砕されていて、
何なら頸椎にまで破損が及んでいたかもという惨状だったらしく。
暗がりの多い倉庫街の外れ、
荒れた石畳の上へぐったりと力なく横たわった、
微妙に被害者になりかかりの黒服の男性なのを取り囲んで見下ろしつつ、

 __ いくら怒り心頭だったとはいえ、探偵社の人間が殺人は不味くないか?

その場にいた主要な顔ぶれが一瞬そんな重き想いにハッとし、恐慌状態になだれ込みかけたものの。
だがだが、まだまだ我に返っておらずでいた敦を除いて
それなりの冷静さを保てていた存在がいたようで。

 「…ああ、広津さん?」

頬に電網端末機を添えてそんな声を発していたその御仁。
此処までをも想定していたものか、
会話の相手だろう、そちらもポートマフィアの古株な上級構成員の名を口にして、

「大至急、此処へお連れしてくれるかい?
 …そう、もう駆け出しているって? 度胸はマフィアの上を行くからねぇ。」

目には見えていないところで やや先走って進行中だった事態らしいのへも余裕で苦笑をこぼし、
くすくすと笑いつつ端末をパクリと畳んだ彼であり。

「手前…。」

今のはどういうやり取りを…と、代表して某氏の幹部が問おうとしかかる語気に食い込んで、
周囲の構成員たちの人垣を手荒く掻き分けて進軍してくる勇ましき気配が届き、
先触れ要らずな勢いをはらんだ誰か様の到着を告げる。

「ほらほらお退きよ。修羅場で医者を妨害するほどいけ好かない馬鹿はないよ。
 人死にが出たらこの妾が容赦しない。ぶっ殺されたくなけりゃあ道を空けなっ。」

降り落ちる月光につややかな黒髪を濡らして乗り込んで来たのは、
月下美人もかくあらんとする凛と知的な美女であり。
相変わらずに、なかなかに矛盾したお言いようをするのは誰あろう、
武装探偵社が誇る、異能と度胸は当代随一かも知れぬ黒髪の美人女医、与謝野晶子嬢。
一緒に此処へ来たわけではなかったか、
鏡花も大きく双眸を見開くと そのままちろりと傍らの胡散臭い長身を見上げたものの。
そんな胡亂気な視線も意に介さぬまま、

 「せんせえ、こっちです。」

微妙な空気の場にもかかわらず、朗らかにおーいと手を振る長身な太宰の声掛けに、
彼女と彼を結ぶ直線上にいた黒服らが一気に引いて
モーセの十戒よろしく開けたのはなかなかに見事だった。
一刻を争うのだという事態は飲み込めていたからに他ならず、
新米どころか幹部らに重宝されているレベル、
それなりのキャリアや等級にある顔ぶれだったため、

 この人たちに逆らっちゃあいかんということを、

自分たちとは常識の格や色合いが異なるのだ、
判断をゆだねて言われるままにした方がすべからく上手くいくという辺り、
実体験や何やから重々刷り込まれていての反射の良さでもあろう。
そんな黒服部隊がこじ開けた道をカツコツとヒールを鳴らしつつ歩み寄った女医せんせえ、
ガチャガチャと金属音のする大きめのドクターバッグとともに、
治療の対象の傍らへひょいと無造作に屈みこみ、

「ほら、お見せ。ああこれは新たに何か加えるまでもないねぇ。」

微妙に残念そうな苦笑交じりにそうと言うところがおっかない。
何か加える?と怪訝に聞きとがめたものもなくはなかったようだが、
視線を送った先輩にぶんぶんとかぶりを振られたので口を罰点にして直立不動に戻ったところ、

 「異能力、君死給勿っ!」

凛とした声が夜陰に響くと、紫紺の光がふわりと広がり、
何かしらの感受性が高い者には、モルフォ蝶のような綺羅らかな蝶が舞う幻影も見えたかもしれない。
瀕死状態に限るものの、
どんな重傷や惨状でも生まれたてもかくやというほどの元通りに治療できる異能を持つ女史で、
今も、敦の、何の自制も働かぬ状態から繰り出された虎の全力の拳を受けてしまった男性の、
粉砕されたも同然な頭部や頸椎などなどの重篤状態を
夢幻の如くなりという語り歌でご紹介したいほどの完璧さ、
するんと元通りの健常状態に戻しておいで。

「おっと、助けてやったんだ、逃げるのはなしだよ?」

空間封印だか時空移動だか、理屈はよく判らないけど、
敦をクルーザーごとどこかへ取り込んで行方をくらませた奴なのは、
直に見た悪夢としてまだまだくっきりはっきり覚えておいでの探偵社側の歴々。
異能無効化をまとった頼もしい手で当人をがっつりと捕まえた太宰の、
それは冷ややかな笑みもおっかないが、
その傍ら、ギラリと冴えた切っ先もぬらぬらと強靱そうな
使いこなした短刀を抜き放ち、
こちら様もそりゃあ冷めた双眸で睨み据えてくるお嬢さんが恐ろしい。

 あなたのお行儀によっちゃあ、
 殺人をいとわない頃まで戻ったってかまわないのよ?と

そこまでの詳細はさすがに知らなかろうけれど、
それでも見た目の年代にはあらざるレベルの
只事じゃあない殺気はさすがに拾い上げられたらしいその筋の巧者さん。
もしかして自分は物凄く余計な欲をかいてしまったが故に、
とんでもない虎の尾を踏んでしまったんじゃあと、今更気が付いたようで。
当然というか、
そんな二人(一応肩書きは昼間の往来を行く真っ当なお仕事をしておいでなのだが)に加え、
それぞれに規格とは外れたシックな装束をまとった顔ぶれが幾人もそろっているのは、
間違いなくマフィア陣営の幹部格であるのも判っており。
さして年頃は変わらぬはずだが、自分がこれでも桁外れのキャリア、戦歴を誇ることを思えば、
歴戦の武者であろう彼らの、実績伴う能力の高さも察せられ。

 「あ、あああ…。」

単独での仕事も難なくこなせるよう、
臨機応変を利かせるため、それは機転の利く頭の良さが今ほど恨めしかったことはなかっただろう。
今になってだらだらと再びの冷や汗を流すうちにも、
それもまた探偵社の組んでた段取りか、漆黒の移送車が到着し、
太宰とは仕立ての違う異能無効系の能力者グループがまかり越したようで。
異能者用の拘束具を数人がかりでまとわされ、
とほほんと首を落としつつ連行されていったのだった。



BACK/NEXT